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国連支援交流協会のメルマガより

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[ FSUNメルマガ ]
2011年3月11日の東日本大震災以降、伝えられて聞くもの見るものに、
気をとられるものが数多くあり、感動も無力感も併せて飲み込むような複雑な
気持ちで、おおよそ3ヶ月の月日を過ごしたような思いがある。

言い尽くされたかもしれないが、被災者の言動は、いかに困難な状況にあろう
とも節度があり、しばしば聞き入り、感じ入ってしまった。
逆に対照的な話、深刻な原発問題への取り組みや東京電力の対応に不手際が
あると、間断なくヒステリックに内閣を非難する報道が続いている。

事の重要性に鑑みて、仕方ないのだろうが、紙面が変わりばえしない新聞や
繰り返しテレビに映し出される瓦礫の山の画像を見るたびに、この国の財産は
人に尽きるのだと気づかされる。

藤原正彦氏が、著書「国家の品格」で解いているように、「国家とは国語」という
主張には思わず頷いてしまう。津波は、ことごとく人の暮らしを破壊して奪い
去ってゆくが、人の思いや願いや祈りを奪い去ってゆくことはできない。

また、南米やハワイに移住していった日系人は、生物学的にというより日本人の
文化を保っているという意味で日本人だと考えたほうが良いと思う。
どこに住んでいようとも日本の文化を保ち、日本語を用いて思考し、礼節を重ん
じて暮らす人は日本人である。

他方、「国家」を問われ、憲法を持ち出し、主権や領土などを用いて懇切丁寧に
教養の一端を披露してくださったところで、その人の説明にすっきり腹落ちしない
だろう。
「国家とは国語」はいい得て妙である。

震災発生後、救助に手間取り、瓦礫に閉じ込められ、衰弱した状態で助けられた
人たちは、「ご迷惑をおかけしてすみません」と詫びた後に、心からの感謝の
言葉を口にしていた。
外国人からすれば、何も悪いことをしているのでもないのに、なぜ謝るのかと
不思議がるだろう。他人の手を煩わせることがあれば、天変地異や不可抗力が
原因でも申し訳ないという感性は、日本人の宝とすべき。

さて被災者の方々が、震災後、はじめての炊き出しで温かい食事を振舞われ、
あるいは陸上自衛隊によって入浴ができるようになったときのことである。
男達は、寒中に長くあって辛抱強く立ち並び、温かい食事を弱いものたちに、
先に先に渡そうと、次から次に後ろに回していった。
風呂にあっては、体の芯から冷えてしまっても、弱いものたちを先へ先へと
風呂に入れさせていった。

やせ我慢が、あるかも知れない。当たり前として振舞う男達に、気負いもない
当たり前のことだから。
厳寒の中でも胸を熱くさせる立ち振る舞いは、なんとも晴れがましく誇らしい。

許してもらえるのなら、日本人に備わる美徳と日本人に備わる優れた感性と
資質と言わせてもらいたい。

他方、言い訳や保身に終始して、日々をやり過ごした人々に問いたい。
本来、日本人のもつ資質に欠けるようなあなたは、本当に日本人なのですか?と。


国連支援交流協会 2011.6.2
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by hanataikoku | 2011-06-02 18:01 | ボランティアの仲間たち