北崎通信局

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西瓜、すいか、スイカ~

c0033992_0134963.jpgうれしい悲鳴!というのも、毎日北崎の西瓜を食べています。今も、風呂上りに小玉すいかを食べたばかり!
お昼は事務所で昼食後にいただきました。一緒に食べたスタッフは、端っこのところまで白くなるまできれいに食べているのでびっくり。
小さな頃から、この赤と白の境目ギリギリのところが好きなんだそうです。
以前は西瓜の皮をお漬物にして食べてましたね~。
夏休みの朝、ご飯に冷たい麦茶かけて、西瓜の皮のお漬物に白胡麻と醤油をかけたのと、目刺しをおかずにザブザブっと食べてましたっけ。
ラジオ体操から戻って、せみの声が一段と高くなり始めるころの食卓を思い出しました。c0033992_0512733.jpg
すぐ下の妹とお留守番していたある夏の夕暮れ時、二人っきりで大きな西瓜を食べさせてもらうことに・・・
半分に割って、おおきなカレースプーンでホジホジしながら、のどのところまで西瓜が詰まるまで食べた記憶がよみがえりました。
今考えると、子供心にこれが“至福のとき”なんだと実感した初めての経験だったのではないでしょうか・・・・

***西瓜と文学***
西瓜二切れで吉原見て帰り (江戸時代の川柳)
西瓜喰ふ 空や今宵の天の川 (沙明)
釣瓶(つるべ)にてあたま破(わら)れし西瓜かな (大魯)
どこにこのしぶとき重さ西瓜抱き(山口誓子)
冷蔵庫あければでんと西瓜かな (三宅萩女)
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その昔、少年の夏とスイカは切っても切り離せない関係にあったように思う。夏と言えば、スイカ、スイカと言えば夏だった。
 あの屈託のない緑に、黒のぎざぎざライン。学校から帰って来て風呂場を覗いた際に、水を張った湯桶の中にスイカがぷかりぷかり浮いているのを発見した時の喜びはちょっと筆舌につくしがたいものがあった。(略)
 少年の頃のスイカはどうしてあんなに美味かったのだろう? そして少年の頃の夏は、どうしてあんなに楽しかったのだろう?おじさんは何だか悔しくなってしまうのだ。
原田宗典『平凡なんてありえない』
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兄弟が多い中で育った主人の西瓜への執着は本当にいじましいほどのものでした。「大きくなったら、西瓜を丸ごと食べたい」といつも思っていたそうです。
 ですから、総理時代に軽井沢で夏を過ごしたときにも、愉快なエピソードがあります。別荘の裏に清水が流れていましたので、大きな西瓜を風呂敷に包んで門の柱に縄で結び、冷やしておきました。そうすると主人の態度がなぜかソワソワ落ち着きません。やがて様子を見に行って「あった、あった」と喜んで帰ってくるんですね。まるで、恋人に会うのを楽しみにしているかのように浮き浮きと西瓜の冷えるのを待っていました。(84年9月号「西瓜の冷えるまで)

 『果物月報』佐藤寛子さんのフルーツストーリーより
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畑にはキュウリやナスなど総菜物が、食べ余る程作ってあるのですが、母は食べ物の大切さをこう言い聞かせました。「食べ物を粗末にしてはもったいない。スイカの命を頂いたのだから、食べられるところは皆食べないと罰が当たるぞ」と。
 私はもったいないという教えを、母からスイカの皮を食べることによって教わりました。ありがたいしつけだったのです。
 またスイカの季節が巡ってきましたが、優しかった母の教えを思い出して食べています。今でも母の教えどおりに、ぜいたくな食べ方はせず、皮際まで食べて、老妻に笑われています。
              村山北斗(72歳)『朝日新聞』声欄90/6/26
参照-食品広場-
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by hanataikoku | 2005-07-24 00:27 | ふるさとの味