北崎通信局

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分校賛歌

昨日の泣き笑いの本の中から西浦の春のエピソードをご紹介します。
この中に出てくる分校の30代の女性の用務員さんは、4月20日の
大きな余震のときにつわ蕗をごちそうになったあの方でした。
お庭に可愛いナスタチウムがこぼれんばかりに咲いていました。
ほんとうに今回の地震で、たくさんの驚きをいただきました。

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f0003994_16265821.jpg岬の分校は、バスの終点から南へ歩いて十分ほどの松原の中にあった。
東支那海を北上してきた黒潮が、冬でも暖かい風を運んできて、潮鳴りのゴーッという響きさえもが心地よく聞こえる学校である。
分校の窓から見える畑の全ては花畑。したがって、校庭の小さな花壇にも教室や職員室や便所の窓辺にさえも四季の花の絶えることはない。



なにしろ、用務員さんがきれい好きで花好きで、暇さえあれば土いじりである。
時折どさっと届く花束は飾る所がないので持ち帰り専用。
一度、壇一雄さんの花逢忌のおり、文学碑の前に飾ろうと思い、花組合の
組合長さんにお願いしたら、トラックで持って帰らなくてはならなくなった。
ともあれ、わが分校は日本有数の花いっぱいの学校であるということがで
きよう。

3月も半ばになるとツクシの季節でもある。土曜の午後など、子供達を従えて
ツクシ摘みに行くのも楽しみのひとつであった。ツクシは田や畑の畦道にたく
さんあった。特に荒れて茅などがおいしげったままの畑があれば、それはもう
大きなビニール袋いっぱいの収穫は間違いなしである。

春もまだ早いこともあって、町の青空市場の売値からすると、一人分の収穫
量は二、三千円分をはるかに超す。

摘み終えて、まだ緑の少ない小道を分校へ辿り着くと、職員室は作業場で
ある。
まず高さをそろえる。五センチほどのものは、摘むときには春を捕まえたような
気分になって摘むのだが、ここでは失格。四十センチほどのものは得意そうに
端っこに置かれる。ただし、頭の部分が枯れかかったものは、これも失格。

 「うちの花揃えもこげんやってしよんしゃぁよ」
 「あなたも加勢をしてる」
 「うん」
 「すごいなぁ、一家の大黒柱」
 「うふっ、ほんなごとはね、あんまり役い立ちよらんと」
 「それでも、お父さんやお母さんは喜びんしゃろうもん」
 「うん」

用務員さんがにこにこ笑いながら手伝ってくれている。いや、実のところ
本日の講師は彼女であって、一番手のかかるやんちゃ坊主の生徒が私。
 「ああ、コーヒーが飲みたい」
 「あたしも」
 「子供はだめ。大人だけ」
 「ちゃ」
代替品として飴玉なんかをくばり、私はインスタント・コーヒーを満喫する。
かくのごとくして彼女の「授業」はめちゃくちゃとなるのである。

 ともあれ、彼女が一人分ずつ袋詰めにしてくれたツクシは、それぞれの
家へ持ち帰られ、私の家と同様に夕食の卵とじなどとなって、春の訪れを
実感させたことであろう。
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つくしを前にして、私も1970年の分校の生徒になったような気がしてきました。
1本ずつ袴をとった後、指先が真っ黒になっています(笑
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僅かばかりのつくしを〈柳川風〉にこしらえてみました。
つくしと、ささがき牛蒡とえのき茸を地卵でとじます。
春の訪れを食卓でも楽しめる一品です。
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えっ、つくしがよく見えない?それではもっとアップにしましょうか?
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by hanataikoku | 2006-02-24 16:34 | 西浦の保育園と分校