北崎通信局

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福岡西方沖地震後の〈蒙古山〉の現地調査

61年前の8月6日、広島に原爆が投下されたこの日、〈北崎を考える会〉の
企画部会主催で、西浦にある蒙古山・妙見山に21名が登りました。

はるか昔、今年建国800周年を迎えたモンゴル(蒙古)と日本との血戦の跡が
ここ糸島半島の先端、北崎に記念碑として残されています。
昨年の地震により、この蒙古山記念碑が基礎部分から倒壊しました。
*蒙古襲来について
どうにかこの記念碑の修復を計りたいと、地元の有志で動き出したのです。

FSUN(国連支援交流協会)とモンゴルとの関りは深く、今年もそれぞれの
支部で交流事業が行われているんですよ!
Asean- Japan支部  *尊い仕事
広島支部
アンダーゴルフサークルなど・・・

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この日はまず、郷土史家の高橋文二さんから、〈蒙古山記念碑由来〉の
解説がありました。
ご病気の後、体力が落ちてしまわれた文二さんでしたが、久しぶりに生き生きとした表情を見ることができて安心しました!







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*今回の撮影は原田組長です!











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蒙古山
西浦北端にあり、頂上にある碑は明治28年宗 善三郎、柴田範一、
柴田茂平等が建設したもの。
*碑は糸島郡北崎村蒙古山頂に在り。
玄界灘の爭波を俯瞰し、筑紫の富嶽を仰ぐ

仙厓蒙古山詩碑 湯池丈雄撰

當国西北突出玄海洋、遥対壱岐対馬。
魏然摩天者、是筑前志摩郡小田村西之浦蒙古山、
盖取蒙古軍之所據地、惟文永弘安之間、元主忽必烈籍驕慢之餘威
寇我西陲、逞殺戮者數囘、吾軍奮闘血戦、終殄滅之・・・・・・・


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遠く繊毫を認む 対馬の山
壱州の青嶂 夕陽殷し
蒼茫たる海色 今 古の如し
伏敵湾頭 第一の関 


詩人 田中龍門 (本名・安太郎)
慶応元年11月10日 志摩郡小田村田中に、農業・横田久右衛門の
長男として生まれる。
漢学を学び、幼少から秀才であった。



別の機会に触れたいと思いますが、この地には〈仏舎利塔〉もあるのです。
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by hanataikoku | 2006-08-07 12:17 | 北崎を考える会を応援します!