北崎通信局

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お月見をすること

  財産の貧乏を治すことはやさしいが、
    精神の貧乏を治すことはできない。 『エセー』

    モンテーニュ(1533-92)
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早いものであの地震から1年半がたちました。
「あんときは世話になったけど、今は何で来よらすと?地震の時やったらわかるとやけど」
「いまさら地震のボランティア言うてもね・・・」
敬老会で写真を撮っていた時の、無邪気なおばあちゃんです(笑

「いつまんでもうろうろして、いたらんことばっかりしてから!」
同年代の女性のこれは効きましたね~、その場でぶっ飛んじゃいましたよ!(笑

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目に見える被害の修復はそこそこ終わったようです。
お月見会場の防波堤も、地震直後は無残な姿でした。
右手の集落は全戸避難勧告が出て、いりこ加工場に避難していました。
2月に放映された〈ムーブ2006〉の中でも紹介され、「たった一日でこげん段差ができとう」
と、たかのりさんが悲しそうに説明していたあの場所です。

壊れた家の最後の取り壊しも始まりました。
赤紙が貼られたまま怖い思いをして暮らしていらっしゃいました。
年金生活のお年寄りに、解体費用や新築のための費用を支払う目途はありませんでした。

また解体せずにそのままのお宅もちらほらと目に入ってきます。
修復するだけで数百万から1千万円を越したお宅もあります。
以前は同じ北崎村だった玄界島の住宅は、全て自治体に買い上げられ公共住宅の建設も
始まっています。
その建設資材を運ぶトラックが毎日のように砂埃を上げて、宮浦の細い道を何台も走りぬけ、
港から船で運ばれています。

地震被害直後にも書きました。
「マスコミ報道がなくなってから、本当の支援が始まるのです」  
国連支援交流協会本部事務局長がそう教えてくれました。

蒙古山の石碑も地元有志の方たちの運動で、復旧の目途が立ちそうだとか。
北崎保育園もまだまだ園長の負担は重くのしかかっているはず・・・

それよりなにより、不安を引きずって未だ病院通いをしている一人暮らしのお年寄り。

絶望の淵から這い上がってはみたものの、自分のところだけには希望の光が見えなく
なってしまったと思う人たち。決して口には出さないけれど毎日不安を抱えて・・・

お金では買えない、かけがえの無いものを失った人たちはまだまだいるのです。

少しでも社会との関りや人とのふれ合いを通じて、心が病まずにすめばと願っています。
閉鎖的な地域社会の中で、どうしても人に見せられない部分もあると思うのです。

心は他人の力では埋めることはできません。何かをきっかけに、自分自身で支えるしか
無いと思うのです。

北崎通信局はそのきっかけ作りのお手伝いを、これからもずっと続けたいのです。

福岡市議会では、今月をもって地震関連については打ち切りとなりました。
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by hanataikoku | 2006-09-29 10:52 | ふるさとのアルバム