北崎通信局

kitazaki.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:北崎の歴史を語る( 13 )

祝初ツアー!北崎ルート

c0033992_23473923.jpg
c0033992_23475183.jpg

今朝の西日本新聞ごらんになりました!?

長年、空白だった北崎地区に、やっと散策ルートができました~

記事を書いてくださったのは、観月会に赤ちゃんを連れてきてくれた
西部支局長の四宮さん!

どうもありがとう~

さっそく文二さんにもご報告!

明日、初めてのツアーが開かれます。

「北崎ルートの実現は長年の念願だった。貴重な史跡の魅力を伝えたい」
と、歴史よかとこ案内人の清田さん。


明日、9時半、九大学研都市駅に事前申し込みなしでOKです!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

18日は、江戸の浮世絵師葛飾北斎の弟子、柳々居辰斎が描いた
絵馬が奉納される「三所神社」。、明治時代に捕った鯨をつないだ
「くじら石」、臨済宗の開祖・栄西が建立した「東林寺」など、七ヶ所
ほどを回る予定だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[PR]
by hanataikoku | 2007-11-17 23:56 | 北崎の歴史を語る

北中だよりが届きました!

c0033992_1064835.jpg




*西浦岡にある〈道元地蔵様〉
地震の後地元の方の手で再建
されました。
道元がここに住んでいたので、
昔から〈道元邸〉と言われてい
ます。 

昨年のお参りの様子です!


c0033992_1125246.jpg 
@@北中だより 48号から@@
校区の史跡・行事紹介 その15

北崎に神社仏閣や行事が多いわけ 
 高橋文二さんにお聞きしました


2月18日(日)北崎通信局のお世話で「北崎の歴史を語る会」が
唐泊の東林寺でありました。天野徳道住職の法話や北崎小6年
のようすけ君の発表の後、高橋さんから「北崎の歴史」について
語っていただきました。

一部を紹介すると、行事は1月だけでも初詣に始まり、船霊祭り、
ほうげんきょう、荒神様、西浦の十日恵比須、唐泊のえべす祭り
にどんたく、小田の初観音、骨正月(女正月)などがあります。
各地区には、道の三叉路などに庚申塚(猿田彦神)を祀る石の
塔があり、大事に祀られています。
これは災いが入り込まないようにとか、道を間違わない道しるべ
にもなっていて、人としても歩き間違わないようにとの意味も込め
られています。

c0033992_11442656.jpg



*お阿弥陀様のお接待
昨年の様子を過去記事からどうぞ!
 
町内の行事は人間の輪を作るもので、行事を通じてみんな仲良
しになる、弱か人も助けおうていこうというもの。
多くの行事は昔は少年団(今の子ども会育成会)がしていたもの
で、これからも子ども達に受け継いでいって欲しいと話されました。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
渡辺校長先生、まとめてくださってありがとうございました!
今でも地元では“庚申待ち”の行事は行われているのですが、
夜明かしの酒席で盛り上がるようですが最近は体力がついて
いけないとお嘆きの方もいらっしゃいました(笑

ところでみなさんは、人間の体の中に住む〈三尸(さんし)〉という
虫のこと、ご存知ですか?実は道教から来ているのですが・・・

庚申日」の夜、人の体内には「三尸(さんし)」という虫がおり、その人が
熟睡している間に天に上って、閻魔様さまの部下である「司命」に善悪
の報告をするそうです。
大きな罪は300日、小さな罪の場合は3日命が奪われる、とされます。

ということは庚申日ごとに常に徹夜をして眠らなければ、三尸は天に
上って司命に人の罪過を告げることができません。
だから庚申の晩には身を謹んで夜明かしをすれば長生きをすることが
できる、とする信仰でこれを「庚申信仰」といいます。

やがてこのような信仰をする人たちが集まり、庚申講と呼ばれるように
なり、青面金剛など崇拝対象の前で勤行をするように変わってきました。
このような行事を「庚申待(こうしんまち)」といいます。

江戸時代には庚申講は各地で行なわれるようになり、60日に一度の
庚申待を年6回で3年連続して18回実施すると、供養のために庚申塔
や庚申塚を築くことが一般に行われるようになったのです。

いまではほとんど行われなくなりましたが、戦時中は集会を禁止されて
いたため、宗教上の行事としての庚申講を行なうことで集会の代わりに
なっていたようです。
「お話は庚申さま」という言葉から村の諸取決めは庚申講でまとめていた
ことがわかります。  ー常識ポテチよりー
*庚申の年は60年に一度あり、最近では1980年(昭和55年)が
 庚申の年でした。


地元ではあまりにも古くから続く行事が多いので、その由来を語ることが
出来る人がほとんどいなくなりました。
北崎通信局はこれから少しずつですが、地元の行事の掘り起こしをして
行きたいと思います。
[PR]
by hanataikoku | 2007-02-22 10:03 | 北崎の歴史を語る

北崎の歴史を語る⑥

■2部 北崎の特産を味わう

c0033992_2359941.jpgc0033992_001968.jpg
c0033992_033686.jpg




c0033992_063738.jpg・東林寺大根炊き
・牡蠣味噌ふろふき大根
・餅と辛味大根
・おはぎ
・おぜんざい
・生姜の味噌漬け、沢庵
c0033992_01130100.jpgc0033992_04890.jpg

北通がご挨拶させていただきます。
旧のお正月ということで、北崎ではお雑煮を召し上がるところも
あるようです。
この日のお餅は、新しく搗いたお餅ではなく、棟上の時に撒かれ
る紅白のお餅を使わせていただきました。
昨年は20軒近くの棟上がありました。今後数十年間、このような
ことはもう無いと思います。
皆様にそのお餅を召し上がっていただきたいとご用意いたしました。

熱々のお大根を召し上がっていただく時に皆さんに自己紹介を
していただきました。
文化財支援機構を立ち上げられた尾立さんをはじめ、JR・行政
医療関係の方々や家族ぐるみで国際交流をなさっている方
などです。
それぞれのお立場でできる北崎の応援をしてくださる方達です。
もちろん地元の方達も!

住職からおもしろい提案をいただきます。
「北崎のそれぞれのお寺で北崎の特産を使った精進料理(大根炊き)
をふるまって、お客様にお寺を回っていただくというのもいいですね。
黒川温泉の温泉手形のように、〈北崎大根炊き手形〉を作るのも一つ
の案ですけども・・・」

なんだか面白い動きになってきました。

そうそう、さっそく第2回北崎観月会の会場が決定しました!
ここ唐泊の東林寺で中秋の名月を楽しみましょう~
万葉歌碑のお歌は中秋の名月の時に詠まれた歌です。
[PR]
by hanataikoku | 2007-02-20 23:48 | 北崎の歴史を語る

北崎の歴史を語る⑤

c0033992_21183560.jpg
c0033992_2125616.jpg
参加者の方達とご一緒に、前住様も
お話に耳を傾けていらっしゃる・・・・・
c0033992_23374822.jpg

文二さんのお話は、北崎の行事から始まりました。
北崎にはたくさんの行事があります。
中でも、西浦浜の“ひょうかりいらい”は全国でもここだけのお祭りです。
そしてそのお祭りには子ども達が関わっています。
昔から阿弥陀様にお地蔵様、お観音様にも同じ声が聞こえてきます。
「お茶あがんなざっせぇ」
子ども達がお接待する声です。

*“ひょうかりいらい”の意味についてはこちらの過去記事をご覧ください。

c0033992_21393541.jpg
c0033992_2142815.jpg
c0033992_23244981.jpg北崎には多くの神社やお寺があります。
庚申塚やお稲荷さん、お地蔵様。
数え上げれば相当数です。


栄西だけでなく、道元も西浦岡に7年間住んでいました。
民百姓に、農業や生活文化を教えていたそうです。
その屋敷跡には今でも〈道元地蔵〉が祀られ、十数体のお地蔵様が
並んでいます。
今はありませんが、〈道元醤油〉という屋号が使われていたと言います。

臨済宗初祖栄西と曹洞宗の道元の接点がここ北崎に残っていることは
深い意味があるのかもしれません。
第2回北崎の歴史を語る会をお楽しみに!
[PR]
by hanataikoku | 2007-02-20 21:02 | 北崎の歴史を語る

北崎の歴史を語る④

c0033992_1349189.jpg第一回北崎の歴史を語る
■一部
唐泊山東林禅寺 天野徳道住職
郷土史家・高橋文二さん
(元北崎を考える会会長)
・司会進行 原田幸司
(国連支援交流協会資源循環プロジェクト)

c0033992_12153469.jpg

c0033992_12154943.jpgc0033992_1218870.jpg
c0033992_12191269.jpg旧暦の1月1日、唐泊東林寺にて
北崎通信局の呼びかけで、校区
内外の方たちにお集まりいただき、
第一回北崎の歴史を語る会を催し
ました。
東林寺住職のご挨拶から始まり、
参加者の皆さんに「お寺というと
お葬式や法事の時だけというイメ
ージがおありでしょうが、もっと気
軽にお出かけいただき、日々の
生活の中で時折、心と体がシャン
となるような機会を作ってください。
お寺とはそんな所です。」というお
言葉を頂戴いたしました。

由緒ある禅寺ということで、参加者の皆さんは多少緊張なさっていたようですが、
次第にアットホームな和みの場になっていきました。
格式などにこだわらない、人が集まり語り合う場として提供していただいた
お寺さんに心から感謝いたします。

c0033992_12225842.jpg今回のお集まりを楽しみにしてくださった
奥様です。
心なしか時折、ふと寂しいお顔をなさるの
がちょっと気になりました。
c0033992_13551832.jpg
もうすぐ3回忌を迎える前住様が生きておられたならば、今日集って下さった
方たちのことを、たいそう喜こんでくださったでしょう。
和尚さんと過ごされたこれまでの日々を思い返しておられたのだと思います。

c0033992_12113497.jpg
今回集って下さった方々お一人お一人が、
私達の〈ふるさと北崎〉の為に、夫々のお
立場で力を貸してくださる心強い応援団
なのです!
c0033992_12211557.jpg
北崎小学校6年生の洋介君が
〈和尚さんの思い出〉を朗読しました。
和尚さんが亡くなって、小さい頃から
慣れ親しんだ大晦日の鐘突きが無く
なったことが残念だと・・・
今年の大晦日、唐泊に除夜の鐘が
響き渡るようになるとといいですね。
c0033992_1213325.jpg
北崎中学校の渡辺校長先生も
参加してくださいました。
渡辺校長は、北崎の山は全部
制覇なさっていて、北崎の歴史
についての調査研究をなさって
います。

[PR]
by hanataikoku | 2007-02-20 11:59 | 北崎の歴史を語る

北崎の歴史を語る③

c0033992_273446.jpgc0033992_274781.jpgc0033992_281482.jpg
c0033992_28254.jpgc0033992_1402799.jpg


c0033992_1263769.jpg
10時半ごろからぼちぼちと、
お客様が坂道や石段を登っ
ていらっしゃいました。
受付のお手伝いをしてくださ
るのは徳道住職の奥様です。
c0033992_1323299.jpgc0033992_1275381.jpg
大神先生も忘れずに来てくれています。最近とみに忘れっぽいのです(爆
一番乗りは鳥越さんでした。
作文を朗読してくれる洋介君は原稿に目を通しています。
住職曰く、「こういう席で人前に立つことが人一倍恥ずかしい年頃だろうに
良く参加してくれましたね・・・」
それだけ東林寺に対する思いが強いのでしょう。

c0033992_1281336.jpg
c0033992_1345142.jpg
この日は遠くからお客様が
来てくださいました。
地元の唐泊の漁師さんも
参加してくださっています。
c0033992_1283034.jpg

さぁ、そろそろ始めましょうか・・・

続きは明日
[PR]
by hanataikoku | 2007-02-20 00:35 | 北崎の歴史を語る

北崎の歴史を語る②

c0033992_21432533.jpg

名残の“冬大根”と走りの“春大根”でおもてなしをしました。
うれしいことに東林寺のお勝手には大きな竈がありました!

c0033992_21423277.jpg

お手伝いしていただいた東林寺花園女性会のみなさんです!
初めての試みでしたが、皆さんにご協力いただき感謝(涙
北通にと、朝畑から抜いてきた蕪や菜花に新高菜のお漬物。
たくさんの真心を頂戴いたしました。

上等の昆布をたっぷりと使った“ふろふき大根”
大きなお鍋でコトコトと炊いて、上等のおだいに
大変身!
椎茸と昆布で炊いた“東林寺の大根炊き”、
大振りに切った大根2切れにお揚げさん1枚を
お醤油で炊き上げ、朱のお平に盛り付けます。
精進の冬大根もほっこりと体と心を温めてくれ
ました。
こうやって北崎の〈名残の冬大根〉が、極上の
一品になりました。

恵比須かきでこしらえた“牡蠣味噌”も大好評(笑
旨いかどうか諮るためには、まず子どもに食べ
させろっていうでしょ?
住職のお宅のおちびちゃんが、なんと4回も御代わり~
大きなお釜からせっせと自分でお給仕していました。
間違いなくおいしかった!ということです(笑

c0033992_2143257.jpg

お土産用に準備した
有機栽培の“春大根”
お客様に大変喜んで
いただきました。
新年を祝うお餅に添え
た“辛味大根”も大好評
あまりの辛さにみなさん
顔が引きつってました(笑


唐泊漁協からは〈恵比須かき〉も用意していただきました。
お客様は皆、大根と牡蠣をぶら下げて朗らかにお寺の長い
階段を下って行かれました。
[PR]
by hanataikoku | 2007-02-19 23:39 | 北崎の歴史を語る

北崎の歴史を語る①

c0033992_1154452.jpg
(栄西が)
建仁寺造立に関して、おもしろい逸話が『節用集』にのっている。
おおぜいのものが、
「どんな掛け声で、木材を曳いたらよかろうか」
と評議していると、
「わしの名をよぶがよい」
と栄西が指示をした。そこでみんな、
「江伊左伊!也宇佐伊!(エイサイ!ヨウサイ!)
と掛け声をかけてひっぱると、巨大な材木はなんなく動いていった。
 いま、世上の土木工事で使われる、
「エイサー!ヨウサー!」
の掛け声は、この造営工事にはじまったという。
もっともこの掛け声の伝説は他にもあって、



たとえば筑前糸島・唐泊の漁師達は、その地に東林寺をひらいた
栄西の徳をしのんで、
「ヨーサー!ヨーサー!(ヨーサイ!ヨーサイ!)」
と網を引くとも伝えられている。

               宮脇隆平著〈栄西ものがたり〉より

二度の渡宋、彼の地でいろいろな建造物の建立や修築に力を注いだ
栄西ならではのエピソードだと思いませんか?

c0033992_12482796.jpg

文治3年(1187)4月、間近に六和塔がそびえる杭州臨安港に着いた
栄西は、当初の目的であるインドの釈迦如来の八大霊塔巡礼の願い
が叶わず、奈落の底に突き落とされます。
「鬱々として亡するが若き」(『元亨釈書』)
煩悶する栄西に残された選択肢は帰国しかありませんでした。
船に乗って3日目、嵐に見舞われ竜王に祈る栄西。
そこで奇跡が起こります・・・

浙江省東南の漁港・瑞安にたどり着き、
天安山の万年寺、そして天童寺への
行脚。
建久2年臨済宗黄竜派の禅を日本に
持ち帰る栄西は、激しい風の中平戸
に着き、さらに博多の海を目指します。

 心地よい潮風は、まさしく祖国の風だ。
 みどり濃い筑前の山河が、栄西を甲板に立たせたまま飽かせない。
 やがてまた、船体にふれるほど近づいてきた糸島の北端・蒙古山を
 面舵いっぱい旋回すると、もうそこは波静かな博多湾だった。

 船は風待ちの港・唐泊にとまった。
 物見櫓の知らせを受けたのだろう、うしろの灘山からおりてきた漁民
 たちが、海中の碇石と呼ばれる巨像のような岩石に、しっかりと縄で
 船をつないだ・・・





*左が糸島半島の北端、北崎。
 真ん中が柱島。
 右側が玄界島です。

『筑前国続風土記』には、
「『東林寺(禅宗済家)』唐泊山と号す。唐泊村にあり。
栄西帰朝の時此浦に着て宿せしが、ここに寺を立てたり。
則此寺也といへり。小高き山に立たる寺なれば、遠望朗かにして
佳景の地なり」という記事がある。

地元の伝承では、栄西はただ一軒あった宿屋に旅装を解き、その
あとが寺になったのだという。
唐泊はその昔韓亭とよばれ、三韓と往来が盛んであった頃には、
朝貢の使者がとまる亭があった。
栄西が荷をおろした宿屋はその跡かも知れない。
また、『筑前国続風土記拾遺』に記された東林寺十境の一つ、
楽神廟とは帰国早々の栄西が母を偲んで建てたものだろう。
彼はここに南宋から携えてきた青体竜王の塑像を祀った。c0033992_18261957.jpg

日本で初めての禅寺『扶桑最初禅窟』
安国山聖福寺が建立されたのが建久
6年でした。
栄西はその4年前の建久2年に東林寺
を開山しました。

*今も残る栄西の〈座禅石〉 
その4年前、唐泊の東林寺の庭の亀の甲に似た石の上に座
する栄西。その眼下に博多湾。
背には灘山、海を隔てて右に毘沙門山、正面に能古島・・・
この地から東にのびる日本の国を捉えていたのかも。

「仏法東斬の風は、いつも西から東へと吹いている・・・」と著者
は書いています。

トップの写真は、栄西が禅定したとされる座禅石の角度から
見える景色です。正面に見えるのは能古島・・・

[PR]
by hanataikoku | 2007-02-19 12:16 | 北崎の歴史を語る

リトアニアのお客様の予定でしたが・・・

c0033992_1091882.jpg

日本のシンドラー〈杉原千畝〉で知られる北欧のリトアニアからの
お客様が、東林寺に来てくれます。
なぜかご縁があって出会ったミンダガスさんです。
6000人の命のビザを発給した杉原千畝は2005年に戦後
60周年ということでテレビドラマ化されましたが、ご覧になり
ましたか?
八百津町に資料館があります。

c0033992_1093343.jpg
そのリトアニアの伝統的なお菓子を通じて、
日本との文化交流をしたいとミンダガス。
「リトアニアがどこにあるかほとんどの人が
知らないのですよ」と語ります。
大陸文化伝来の窓口北崎と、日本と深い縁
のリトアニアとの新しい文化交流が広がりそ
うな予感です!


国連支援交流協会も、国際墨画会を通じてリトアニアと交流があります。
北崎の子供たちの国際交流の足がかりとして北崎通信局がお役に立て
ればと思います!

18日はみなさんに、リトアニアの伝統菓子〈サコティス〉を召し上がって
いただき国際交流をしようと思いま~す(笑

と、ここまで書いたところでミンダガス君から電話がかかってきました!

「申し訳ありません!どうしても工場に入らなくてはいけなくなりました~
みなさんにお会いしたかったのにとても残念です・・・(悲」


楽しみにしていましたがまた近いうちに機会があるでしょう!

お騒がせいたしました(笑
[PR]
by hanataikoku | 2007-02-17 10:37 | 北崎の歴史を語る

東林寺花園会

c0033992_8484327.jpg
<北崎の歴史を語る会>の打ち合わせを
してきました。
御住職、檀家総代、奥様と・・・
そうです!花園会のみなさんです!
北通は電車に乗り遅れて遅刻~
みなさん手作りのお漬物やお茶請けなど
を持ち寄り和気藹々と~(笑

私はお精進の“中華おこわ”と
“生麩しぐれ”を用意しておきました。
熱いお茶をいただきながら、東林寺の本堂はまるで花が咲いたかのような・・・?


c0033992_8503382.jpg
長~い石段を登ってきてくださった、唐泊の花園会のみなさんでした!(笑
お料理の器や調理の段取りなどご相談をして、着々と準備は進んでおります。

会場作りの担当はなんと御住職!(笑 
みんな公平に役割分担です。 
[PR]
by hanataikoku | 2007-02-17 09:51 | 北崎の歴史を語る